2004年 10月31日 新潟 ボランティア隊

先週の群馬照葉峡で遭遇した新潟中越地震の被害は連日のように放送されていた。これまで何十年もお世話になった新潟である。家内の母はすぐに義援金を送ったようだし、う〜ん、何か出来ないか・・。古着を送るか・・・でも要らないかなぁ、なんて思っていたら、何とびぜん亭の大将がラーメンを作りに行くというではないか。聞くと岸さんや川さんも参加するとの事。んじゃぁ行くべぇ!である。

名付けてラーメンボランティア隊である(別名を罪滅ぼし隊とも言った)。参加者は大将、岸さん、川さん、江藤氏、若月ちゃん、新潟に住む大将の友人、それに私の7名。事前に十日町の役場に連絡を入れ、現地についてから場所を提供するとの事。若月は新潟の長岡に実家がある。一応長岡は無事だったらしい。その他のメンバーは全員新潟に永年にわたって、それこそ山菜・キノコ採り、山芋掘り、鮎釣り、岩魚釣り、沢登りと散々お世話になってきた面々。まさに罪滅ぼしなのであった。

土曜日夜に水上に入り大将の別宅に泊まり、翌日日曜日は5時に起きて一路十日町へ。7時に役場に着く。私は個人的に持ってきた古着2袋を役場の担当者に提供。台風で被害にあった四国は未だに古着は受け取っていただいているのは知っていたが、新潟はどうだろうという思いはあった。貰っていただけるかどうか心配であったが、一応頂いておきますということで受け取ってもらった。

役場の人に説明を受けて現場へ向かう。今日ラーメンを作る場所は十日町でも山間の村。がけ崩れもあり住民の人たちが小学校の体育館で避難生活を送られていた。早速持ってきた材料でダシを作る。店で行っているとおりの本格的ラーメンである。材料や麺は仕入先の無料拠出だ。仕入先もボランティア活動に協力してくれているのであった。

11時過ぎにはダシができ上がり、いよいよ300食のラーメンを作り始める。作り始めたら体育館の中では整理券を発行しての列が出来上がった。息付く暇も無い。次から次へと麺を茹でていく。終わったのが午後2時。でも全員に行き渡り感謝の言葉を皆さんから頂いた。まぁ自己満足なのではあろうが、出来て良かったと思ったのであった。


体育館横では被災者の食事が作られてました



給水車が来てくれて持ってきたポリタンクに水を給水してくれました



よく見ると名古屋の水道局からです



材料の用意です。まずダシ作りから



岸さんも張り切ってます
ラーメン作るのが何だか嬉しそうですねぇ



と思いきや、ダシが出来るまで大将共々仮眠です。
本人もほとんど寝てません。歳だもんねぇ・・・



多くの方たちが避難してます。
避難生活は本当に大変そうです



ダシが出来上がりました。これから一気に作り始めました