- 2002年 9月14〜16日 新潟 早出川
- 渓流シーズンもいよいよ終盤になってきた。今回は渓を堪能しようと早出川に出陣することとなった。仲間のキシさんに案内頂く予定であったが、急遽行けなくなり、代わりに川さんがリーダーとなって、渓流新人のテッちゃんと狩猟をやっていた菊沢さん(何と62歳)という4人パーティでの一ノ俣越えを挙行したのであった。
- 13日夜11時に東北道に乗り込み、郡山から磐越道を経由して一路、津川ICを目指す。室谷の集落を越え車止めに着いたのが14日午前3時頃。車の中で仮眠をとり、6時10分に出発した。
- 今回は「シェルパてつ」と我々が呼び出したように、頑丈そうな体を持つテッちゃんに、大いに期待を寄せていた。ところがである、出発して30分も経たないうちにてつの荷物の一部を私と川さんが分担して持つこととなったのであった。お陰で私のザックの重さは30kgほどとなってしまった・・・・。やれやれ。しかし一ノ俣越えで30kは堪えた。途中で後続の沢屋グループには抜かれるし、ヘロヘロ状態で4時間30分を費やし山を越え、やっとの思いで今早出に到着。
- 小休止の後、テン場を探さなくてはと再び出発。今出の出合いにはすでに4名ほどと思われるパーティのタープが張ってあった。我々の予定では広倉沢手前のテン場を予定していたのだが、そこまでたどり着きそうも無く、結局、今出と広倉の中間点辺りの格好のテン場で落ち着く事になった。天気はそれほど崩れる心配も無かったし、増水の場合の逃げ場もありそうであった・・・。
- 早速テントを設営し宴会の用意だ。睡眠不足と過重の荷物のため今日は釣りに行く元気も余り残ってない。夕方から盛大に焚き火を起こし酒を飲み、お腹が多少満たされる頃には瞼が重くなってきてしまっていた。
- 翌朝は川さんと菊沢さんが容ヶ谷に入るというので、私とテッちゃんは広倉に入渓することにした。本流を釣り下っても良かったのであるが、テッちゃんには多少厳しいかもしれなかった。
- 広倉沢では31c、32cと立て続けに尺越えを記録する。人の入った形跡も見受けられたが魚影はそこそこあった。そうこうしているとオヒロ淵に出会う。この上には重ね淵もある。相方のことも考え無理をして越えるのは止めにした。
- 一旦本流まで戻り、清水沢にでも入ろうかと休んでいた所に、室谷の集落先からゼンマイ道を辿って6時間かけて容ヶ谷に下りてきたという、年配の釣り師と出会う。千葉から来られたらしい。聞けば10年もそうやって早出に通っているそうである。一ノ俣越えは逆に知らないと。しかもその人、早出のダムまで3回ほど釣り下った事もあるとか。いやはやすごいものである。
- その人はヨシノ沢に入りたいというので我々は清水沢に入る旨を伝えた。別れてから相方と清水沢に入渓。途中の4m滝を流木を使い強引に突破して釣り上がる。そして今回の釣行の記録となった35cmを釣り上げたのであった。そこで時間も迫り引き返すことにした。
- ところが、下りで先ほど強引に流木を設え突破した滝を降りられない。突破する時は藪漕ぎで高巻けばいいと思ってはいたが、沢への下降地点が不明瞭なのである。右往左往して結局中央突破する事にした。お助けロープをテン場に置いて来てしまったのが悔やまれたが、ハーネスに付けていたスリング4本を繋ぎ合わせ応急のお助けロープを作り、滝上に流木を横たえ懸垂下降で降りたのであった。
- そんなこんなでテン場に着く時間が大幅に遅れ、川さんや菊沢さんに多大な心配をかけてしまうことになってしまった。反省しきりである。それでもその夜も燻製を作りながら宴は催された。
- 最終日、そぼ降る雨を恨めしそうに眺めながら、ゆっくりと朝食を済ませ、帰り支度を整える。9時30分にテン場を後にし今早出から来た道を辿って車止めに着いたのが4時30分、御神楽温泉で汗を流し埼玉の家に着いたのが午後11時30分であった。今回は中日に竿を出しただけで終ったが(約4時間ほどか)、それでも素晴らしい釣りを堪能できた。苦労して辿り着いた者だけに与えられる喜びなのかもしれない。
 水場で休憩。まだ6分の1くらいしか進んでない^^; |
 今早出の流れ。水量は思ったより少なかった |
 初日は快晴。秋空が広がっていた |
 テン場でのひと時。やっぱりこの時が楽しいのである |
 テン場前の流れ。早出本流である |
 これが有名な広倉のオヒロ淵。この上には重ね淵もある |
 清水沢で出た35cm |
 テン場の全景 |
 テン場で一晩かけて作った燻製 |
 帰りはシトシト雨だった・・・・・ |
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